9月9日




9月9日
「救急の日」

あれは忘れもしない
2009年4月13日。

2年半ほど前の事だ。

会社は
午前10時から出社。

カラオケや
飲食店をやっていたから
みんな、朝はゆっくりだ。

その日は
新しいプロジェクトの資料作りで
一人で会議室に入り
作業をしていた。

確かまだ
午前11時前だったかな?

正確には
憶えてないが。

資料見ながら
パソコン打ってると
なんだか全体が痺れて
ダルイような感じがして。

少し痛いような
ジンジンするような…

「あれ?疲れかな?
    …ま、いいや」  

と、そのまま
作業を続けていたら
段々ふらふらして
歩けなくなってきた。

頭がボーッとして
首の痛みも激しい。

「こりゃヤべーかも…」

右手が痺れて
なぜだか息苦しい。

そのうちに
床に座り込んでしまった。

取り敢えず
体育座りのまま
自力で会議室のドアを空けた。

事務の女の子が
すっ飛んでやって来た。

社長もやって来た。

部長もやってきた。

「田中君、どうしたの!?」
「大丈夫ですか!?」

「いや、ちょ、ちょっど
  であじが、ひびでつんで
 わるいが きゅうきゅうびゃ 
  よんげ もやれなせんか……」

多分、

「手足が痺れるので
  救急車を呼んで欲しい」

と云ったんだろうが
相当に痺れていて
本人も分かっていない。

5分後には
救急車で運ばれた。

病院着いたら
大勢の医師や看護師さんが
いそいそと動き回っている。

「俺、骨折でもしたのかな?」

…その後は
記憶にない。

意識レベルが低下して
眠りに落ちていったのだろう。

病名は
高血圧性脳内出血。

2日目で
開頭手術。

3日目はそのまま寝た。

4日目の朝には
目を覚ましたが
また寝た。

事の次第が
分からないまま目ざめた俺は
5日目より恐怖のリハビリを
開始したのだった。

あれから
2年半。

右の手足は
今の所、完全に麻痺。

身体障害者2級。

最初はさすがに
泣きたかった。

仕事も
辞めなきゃならない。

朝から晩まで
痺れで痛い。

今も起きてる時は
ボーっとしている。

でもこの前
タクシーの運転手さんが

「脳内出血で
  無くなった人は
    ナンボでもおる。

 それを思ったら
   右片麻痺でも
    ありがたく思わんと」

と言っていた。

その運転手さんの奥さんは
アルツハイマー型認知症で
ずっと入院していて毎晩
看病しているのだそうだ。

俺だけが
不幸なんかじゃない。

みんな
苦労しているのだ。

よし、頑張ろう。

取り敢えず
頑張ろう。

リハビリも
徐々に良くなる。

そうすりゃ
きっといい日もやって来る。

…と思ってみたりする(笑

今日は
救急の日。

「きゅう(9)きゅう(9)」の
語呂合わせ。

厚生省(厚生労働省)と
消防庁が1982(昭和57)年に
制定した記念日。

救急教務や救急医療について
理解と認識を深めてもらうために
各地の消防署で応急手当の
実技指導などが行われる。

できれば
救急車は乗らない方が良い。

でも急患の時は
迷わず救急車を呼ぶべきです。

特に
脳梗塞や心筋梗塞は
一刻を争う緊急事態。

迷わずに
救急車を呼ぶ事が
あなたの命を救うのですぞ…。


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