7月31日




7月31日
「蓄音器の日」

今日で
7月も最後。

明日からは
いよいよ8月に突入。

一年で
一番暑~い月が
始まるのです。

昨日は
夕方から雨でさ。

それも
ゲリラ豪雨。

嵐と雷の
連続だった。

夜は
ライブもあったので
心配したが、雨も上がって
無事に終わった。

みなさん、
ありがとでした。

それにしても
暑っ!

部屋の中にいても
ダラダラと汗が
噴き出る。

普段は
午前中ならエアコンつけなくても
過ごせる日が多いのだけど
今日なんかはさすがにグロッキー。

節電モードにしてから
エンジン全開でスイッチオン。

セミの鳴き声を
遠くで聞きながら
ブログ書いています。

あぁ~、涼しい。

7月31日は
「蓄音器の日」

蓄音器なんて
実物見たこと無いで。

どうなって
音ならすのか?

たぶん
レコード盤を
針にこすりつけて(?)
鳴らすのだろうな。

今では携帯電話で
音楽聴いたりしてる時代。

でも最初は
「電蓄」なんて呼ばれて
珍しかったらしいよ。

俺達が子供の頃は
まだ普通にレコード買ってた。

雑誌の付録の
ソノシートとかも
あったしなぁ。

ペラペラの
薄いビニール製の奴。

蓄音器なんて
大正から昭和初期で
日本で発売されたけど
太平洋戦争のプロパガンダに
利用された感じだ。

電蓄で聞く
軍艦マーチ…

あんまり
洒落たもんじゃねえなぁ。

蓄音機とは
文字通り音を記録する機械の事。

1877(明治10)年のこの日、
エジソンが蓄音機の特許を取得。

彼が最初に発明した蓄音機は
「TIN FOIL(ティン・フォイル)」といわれ
スズ泊を巻き付けた円筒状のものに
録音・再生する仕組みだった。

次に登場したのが
モーターで作動する
ろう管式のレコードだった。

日進月歩で
飛躍的に進歩する昨今。

いまや
電畜の時代じゃない。

でもAKB48のCDを
蓄音器で流してみたらと思うと
それだけで胸がワクワク
して来るのですね…。


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7月30日




7月30日
「プロレス記念日」

…似てねぇなぁ。

いや、力道山の
イラスト…(笑。

2枚目だった様な
面影があるのだけど。

結局、力道山なんて
よく知らないので。
どうかご勘弁願いたい。

ガキの頃、テレビで
「タイガーマスク」
見ていたらオカンが

「そういや
  力道山って
   だいぶ前に殺されたんよ~」

って言う話をしてくれて。

「天才プロレスラーでも
  ヤクザに刺されたら
   ひとたまりも無いのよね~」

なんて話を
真面目にするもんだから
流石ににビクッとしたものだ。

満39歳没。

若くして
亡くなったんだよなぁ。

小学校の先生が
社会科の授業で
街頭テレビの話を
してくれた事があった。

その時は
まだテレビが
普及してなくてさ。

外国のレスラー相手に
バッタバッタと投げ倒す
力道山の姿に、みんな
ヤンヤの声援を送ったんだと。

俺もまだ
生まれてねえなぁ。

そういや
神戸のばあちゃんも
天下のプロレスファン
だった事を思い出した。

テレビが普及しても
プロレスは心のオアシス
だったに違いない。

「巨人・大鵬・卵焼き」
…なんていうけれど
4番目には力道山が
ランクインしても良いと
思うんだけど、どう思う?

1953(昭和28)年
力道山が中心となり
日本プロレスリング協会が
結成された。

力道山は
1952年(昭和27)年
2月3日、プロレス修行のため
ハワイへ出発。

その後
アメリカ太平洋岸を転戦し
300戦295勝5敗の
成績を残して帰国。

仲間とともに
同協会を設立したのだ。

俺も
プロレスは割と
好きな方だった。

でも
元新日本プロの
橋本真也も6年前に
脳幹出血で死亡。

元全日本・ノア所属の
2代目タイガーマスク
三沢光晴も2年前
試合中に命を落とした。

みんな
俺達の年代。

最近では
試合も見なくなってしまった。

亡くなった
栄光のプロレスラーに
光あれ。

でも何だか
やるせないよなぁ…。




閑話休題 ~盛夏~

今日も相変わらず
暑い一日っす。

朝8時前には
病院に出かける。

水島臨海鉄道(いわゆるピーポー)の
高架下を左に見ながら
病院まで歩いて行くと
瞬く間にセミの大合唱
オンパレード。

「セミも一年で
  一番暑いこの時期が
    恋の季節なんだよね・・・」

なんて言いながら
黙々と歩く。

一気に
汗が吹き出る。

はぁ、出る前に
お茶でも飲んでおけば良かった。

目の前が
クラクラ&ボーとするが
病院までは這ってでも
歩いて行かなくてはならぬ。

「よく考えたら
  2週間もすれば
   お盆なんだよなぁ。」

俺が勤めていた会社も
僅かではあるが
夏休みがあった。

「どこへいこうかな♫」

なんて
あれこれ思いを巡らすけれど
結局ダラダラ過ごして終わるのが
夏休みの常なのだ。

病院まで
300mの所まで来ると
急に足が痛くなってきた。

5歩歩いては立ち止まり
10歩歩いては一休み。

30分の道のりが
45分もかかってしまった。

合計で2分の遅刻。

リハビリの先生が
心配して2階ロビーまで
見に来てくれてた。

どうもすみません。

帰りは何とか
ボチボチと帰りました。

7月も終盤。
暑い夏の午前中の
出来事なのでした。


7月29日




7月29日
「肉の日」

新聞やネットで
物議を醸しだしている
放射能汚染牛問題。

ついに
ここ岡山でも
汚染牛を購入した業者が
出てしまった。

売った業者も
買った業者も
お互いに困惑している。

放射性セシウムなんて
目には見えない。

東日本大震災が
まだまだ深い傷跡を
引きずっているのだ。

早く業者を特定して
安心して牛肉を食べられる様に
して欲しいものですわい。

そんな訳で
今日は「肉の日」。

今では
肉料理もそこそこしか
食べないけど
学生の頃は毎日のように
バコバコ食ってた。

牛肉・豚肉・鶏肉…
次々と容赦なく。

でも30歳を境に
ガクンと量が落ちてきてさ。

焼肉なんて
カルビ、ホルモン
何でもOKだったのに
キムチがあれば充分な
体になってしまったのさ。

病気してからは
特にそうでさ。

たまには
ステーキ300gぐらい
ドド~ンと平らげて
みたいもんだよ…トホホ。

都道府県
食肉消費者対策協議会が
毎月29日を肉の日と制定。

「に(2)く(9)」の
語呂合わせだ。
 
基本的に
毎月29日の記念日だが
夏に向けて体力をつけるためか
7月の肉の日は各店が
特に力を入れているそうだ。

お肉屋さんは
頑張ってるそうだが
俺は少々ヘタリ気味。

いわゆる
夏バテって奴。

そろそろ
一年で一番暑い
8月がやって来る。

その前に
何とか夏バテを克服して
暑い真夏を乗り切ろうと
思うのだけれど。

生ビールと
冷奴があれば充分だから
始末に負えないんだよなぁ…


7月28日




7月28日
「第一次世界大戦開戦日」

第二次世界大戦の
まだ30年前。

だから…
今からかれこれ
100年程前か。

今日は
第一次世界大戦が
勃発した日。

俺は歴史に疎いので
世界大戦なんて言われても
とんと見当がつかない。

なんでも
ドイツ・オーストリア他
    VS
イギリス・フランス・ロシア他
の2つの陣営に分かれて
世界最初の大戦となったらしい。

1914年に起きた
サラエボ事件。

そこから
世界大戦へと
広がっていったのだ。

1914(大正3)年のこの日
オートスリアがセルビアに
宣戦布告し、第一次世界大戦が
始まった。

三国同盟(独・墺・伊)と
三国協商(英・仏・露)との
対立を背景として起った
世界的規模の大戦争。

セルビアを後援する
ロシアに対抗して
ドイツが露・仏・英と
相次いで開戦。
 
その後
同盟側(トルコ・ブルガリアが参加)と協商側
(同盟を脱退したイタリアのほか
 ベルギー・日本・アメリカ・中国などが参加)
との国際戦争に拡大。

最後まで頑強に戦った
ドイツも18年11月に降伏し
翌年ヴェルサイユ条約によって
講和成立した。

第一次、第二次と
繰り返し行ってきた
世界大戦。

悲しいかな
歴史は繰り返す。

「ひょっとしたら
   いずれ第三次も…?」

なんて冗談は
やめにしよう。

いまでも
内戦や紛争で戦争状態の国なんて
いくらでもあるのだ。

いつまでも
平和で豊かな国
「日本」であり続けよう。

先週の
ノルウェー連続テロ事件を
テレビでみながらそう思った。




7月27日




7月27日
「スイカの日」

相変わらず
暑くてたまらないのだ。

昨日は全国を
「365日ライブツアー」で
飛びまわっている
きよふみさんのライブだった。

きよふみさん、
いつも明るくて素敵な人だ。

ちょこっと
前座させてもらったが
底抜けに面白いライブでした。

きよふみさん
ありがとう。

来てくれた
お友達のみなさん
ありがとう。

今日は
朝から歯医者通い。

相も変わらず
知覚過敏で歯にしみる。

でも暑い夏の事。

冷蔵庫で
キンキンに
冷えたスイカなんて
甘くてまっこと美味いぞ。

そういや
まるごとスイカなんて
ここ何年も食ってねえなぁ。

ガキの頃には
夏休みになると
しょっちゅうセミ取りに
行ってた。

何匹もセミを
捕まえて満足げな俺。

家に帰るとオカンが
スイカを切って待っててくれた。

たまに少し塩かけて
食べた事もあった。

甘さが逆に引き立って
うまい、うまい。

あれから35年…。

知覚過敏が
大いに悔やまれる。

歯医者さん、
早く治してスイカ
食べられるようにして…。

スイカの
縦縞模様を綱にたとえ
27を「つ(2)な(7)」(綱)と
読む語呂合わせから、記念日に
定められた。

現在のスイカは
緑の地に黒い縞模様が一般的だが
このような品種が広まったのは
昭和初期以降で、それまでは
黒、無地皮だった。

今年は
海に行かないのかな。

若い頃には
スイカ割りなんて
よくやったものだ。

なんだかんだ行ってても
もうそろそろ7月も終わる。

8月のお盆を過ぎたら
今度はクラゲに刺されるで。

スイカ食べながら
海水浴なんて
もうあと何週間も
ないのだ。

そろそろ
夏も急がなきゃなぁ…


7月26日




7月26日
「幽霊の日」

「うらめしや~
  怨み晴らさで
   おくべきか~」

なんてのは
いつものお化けのセリフ。

暑~い夏は
幽霊の季節でもあるのです。

中学の頃
文化祭があって。

クラスの多数決により
出し物がお化け屋敷と
決まった時には
心の中でニンマリした。

教室に行燈を
張り巡らしてカモを待つ。

ふふふ。

暗がりでは
お岩さんやグルグル巻きにした
ミイラが続々登場。

懐中電灯で
キャーキャー泣きわめく
女生徒。

俺も
こんにゃくを糸に垂らして
散々からかった。

…快感だった。

こんな事なら
将来はお化け屋敷の
スタッフにでも
なろうかななんて
マジで思った。

最近は
お化け屋敷なんて
あまり見ないが
どうしているのだろう?

番町皿屋敷も
不況で解雇されたか?

クビになったら
それこそ化けて出てやる…
なんちゃって(笑

1825(文政8)年
江戸の中村座で
「東海道四谷怪談」が初演された。

東海道四谷怪談(通称「四谷怪談」)は
浪人民谷伊右衛門に毒殺された
妻お岩の復讐話。

不義密通をはたらいた男女が殺され
戸板に縛られ神田川に流されたという
実在の事件をヒントに
四世・鶴屋南北が作った話だった。

四谷怪談…
やっぱ怖ぇなぁ。

テレビや映画でも
幽霊物ってたくさん有るけど
中にはノンフィクションってのもあって
マジでビビりまくるのだ。

あ~おそろしや。

今夜は厳重に鍵かけて
早めに寝るとします。

ガクガク
 ブルブル…。


7月25日




7月25日
「かき氷の日」

今日は
朝から曇り空。

でも
セミは相変わらず
ミンミン鳴いています。

先週は倉敷駅前で
天領祭りがあった。

俺はバンドの練習が大詰めだったので
祭りには見に行けなかったが
今年も随分と凄い人だったらしいなぁ。

天領祭りと言っても
生まれてこの方参加した事がない。

仕事しだしてからは
なかなか行く時間がなくて
見に行った事も無いのだ。

「せつないのぉ…」

と一人涙してたら
友達みんなも天領祭には
仕事が忙しくて参加した事がなく

「せつないのぉ…」

と、みんなでゴーゴー
涙した。

しかし中には

「ホコテンで道は混んでるし
 祭りには興味無いもんね…」

って言う輩もいて
少しだけ安心した。

でもさぁ
蒸し暑い日には
かき氷でも食べながら
祭りを満喫してみたいよなぁ。

コンビニやスーパーで
売ってるアイスクリームとは
ちょっと違うぞ。

製氷機でガリガリ作った
本物のかき氷。

海の家とか
屋台とかがベストだけどなぁ。

俺は歯医者通いで
知覚過敏。

奥歯が疼いて仕方ないけど
頭がジンジン痺れるぐらい
冷たいイチゴミルクの味が
やっぱり忘れられないのだ。

練乳かける事も
お忘れなく。

7月25日は
かき氷の日。

日本かき氷協会が
制定した。

夏氷(かき氷のこと)の日とも
呼ばれている。

「な(7)つ(2)ご(5)おり」の
語呂合わせ。

また
1933(昭和8)年のこの日
フェーン現象によって山形市で
日本最高気温の40.8度が
記録されたことにちなんでいる。

40度を超えたなんて
想像もつかないな。

インフルエンザと同じぐらいの
最高気温だ。

今、
夏真っ盛り。

部屋の中でも
熱中症で倒れる人が
多いと聞く。

エアコンかけながら
かき氷食べすぎて
夏風邪引かないように
気を付けてくださいよ…。


7月24日




7月24日
「劇画の日」

小学校の頃は
最初はやっぱ
マンガからだったな。

憶えてるのは
「小学生向け仮面ライダー」。

オフクロから
買って貰った雑誌を
何度となく読み漁ってた。

自分で劇画なる物を
読み始めたのは
中学になってから。

そもそも劇画ってのは
マンガの一部で

「描線が動的で、
  画面の遠近のとり方や
   背景の描き方などが写実的なもの」

の事らしい。

と言っても
チンプンカンプンなのだ。

ま、
何とかなるけどさ。

で、中学校の時に
俄然ハマったのは
手塚治虫が描いた
「どろろ」。

数ある手塚作品の中でも
暗くて陰湿なイメージが
強烈で俺は好きだった。

最初は少年サンデーに
連載されていたから
劇画と呼べるかどうか
定かではないけれど。

大人になってからも
劇画好きは続いた。

仕事の合間に
喫茶店に入って
マンガを読む。

当時は
インターネットカフェなんて
無かったから、マンガの置いてある
喫茶店はすごく重宝していたのだ。

「難波金融伝
  ミナミの帝王」

なんかは大阪弁が
やけに陽気で面白かった。

「蒼天の拳」は
北斗の拳に続いて
劇画の大ヒットとなったし。

でも…

でもやっぱり
「ゴルゴ13」にはかなわない。

ビックコミックに
連載されたのは
俺が4歳の時。

以来
単行本は160冊以上
にも及ぶ。

狙撃確率99・9%
狙った獲物は逃さない。

う~ん
身震いするほど
カッコいい。

俺の将来の夢は
ゴルゴの単行本を
全部そろえる事だ。

「夢は実現する物」
と、なでしこジャパンの
澤選手も言っているではないか。

がんばろう!
ジャパン!

1964(昭和39)年
青林堂が劇画雑誌「ガロ」を
創刊したのがこの日。

白土三平の
「カムイ伝」をはじめ
水木しげる、つげ義春などが登場。

大人向けの劇画ブームの
火付け役になった。

ゴルゴの
さいとうたかを氏も
まだまだ現役。

いつまでも
沈着冷静な狙撃スナイパー
ゴルゴ13でいて欲しい。

喫茶店には
あまり行かなくなったけど
ネットでちゃ~んと
見ています。

頑張って~
ゴルゴ!


7月23日




7月23日
「米騒動の日」

今日は
朝から良いお天気。

セミもミンミン鳴いている。

本格的な
夏到来だな。

病気して
ゲッソリ痩せていた俺だけど
最近ではすっかり元通り。

このままでは
ブクブクと肥ってしまうと思って
若干焦っている今日この頃なのです。

ダイエットも
色々と試してみた。

2日で辞めたが、その時は
野菜中心の健康食だったり
ウーロン茶ダイエットだったり…

でも主食の「ご飯」だけは
どうしても辞められなかったなぁ。

日本人は
やっぱりお米が大好き。

若い時ほど
ガツガツは食べないが
1日のうちで1食はどうしても
ご飯が食べたくなる。

遺伝なのかしら?

ライフスタイルに合わせて
食生活も変わっていく。

朝食はご飯よりも
パンだと言う人が
多いと聞く。

ご飯に味噌汁と納豆なんて
普通だと思っていたが
知らぬ間に逆転していた。

少しだけ焦るなぁ。

これも遺伝なの?(笑

日本人には
無くてはならないお米。

だが、時として
騒動が持ち上がる事もある。

1918(大正7)年のこの日
富山県魚津町の港で起こった
米騒動は全国に波及し
ついには軍が出動するほどの
騒ぎになった。

当時、米の買い占めで
米の値段が高騰していた
という背景がある。

しかし、事の発端は
漁師の妻たちの
井戸端会議だったという。

世間の主婦も
米が高くて買えないとなれば
そりゃ必死にもなるわな。

今はコンビニで
おにぎりが100円で
かえる時代だ。

物価高騰で
米が買えないなんて事が
無いようにしないとね。

因みに俺は
しゃけとツナマヨの
おにぎりが好きなのですが
何か…?