6月30日




6月30日
「アインシュタイン記念日」

恍惚として犬の真似してる
初老のラモス瑠偉選手…
(イラスト参照)

…なんて冗談。(笑

はにかみながら
ペロッと舌をだす
お決まりのポーズは
余りにも有名。

これが歴とした
天才物理学者、
アルベルト・アインシュタイン
その人なのだ。

特殊相対性理論及び一般相対性理論、
相対性宇宙論、ブラウン運動の起源を
説明する揺動散逸定理。

はぁはぁ
もう疲れたで。

光子仮説による
光の粒子と波動の二重性
アインシュタインの固体比熱理論
零点エネルギー、半古典型の
シュレディンガー方程式、
ボーズ=アインシュタイン凝縮
etc…。

はぁはぁ
少し熱も出てきた…。

ま、詰まる所
アインシュタインは
相対性理論とかを発表した
偉い学者さんなのだ。

そういや
高校の物理の時間に
先生が説明してくれた
記憶があるが全く忘れて
しまったなぁ。

その後、大人になって
アインシュタインの特別番組を
NHKでやっていて。

光の速度を
段々早くしていくと
終いには光の壁を
通り越してしまう。

…みたいな。

理論は
何の事だか全然判らなかったが
気さくなアインシュタイン
見ていて好感が持てた。

アルベルト・アインシュタイン。

アルベルトって
自転車の名前だったか?

アスベストは
胸をやられるので要注意だ。

1905(明治38)年
アインシュタインが提出した
相対性理論に関する最初の論文、
「運動物体の電気力学について」。

ドイツの物理雑誌
『アナーレン・デル・フィジーク』に
発表した。
 
当時、アインシュタインは
スイス連邦特許局の無名の
技師だったという。

稀代の天才物理学者も
最初は苦労したんだなぁ。

でもユダヤ人って凄い…。

IQ300の大天才と言われても
チンプンカンプンな俺だが
例の舌出しポーズなら引けを
取らないと今でも思っている。

明日から7月。
アインシュタインに
負けない様に頑張ろう!






スポンサーサイト

6月29日




6月29日
「星の王子様の日」

あんとわーぬ
 ・ど・さんでぐ…

やっぱり読めない。

それどころか
舌を噛んでしまった。

とりあえず
そのサンテさんの話と
言う事で…。

小学生だったか
中学生だったか
忘れてしまったが
読書の時間に少しだけ
読んだ事があって。

翻訳された
岩波書店の
「星の王子様」。

話のあらすじなんか
全然憶えてないが
本のイラストが
綺麗だった事だけは
かすかに記憶があるのだ。

フランス人の
…サンタ…じゃなかった
サンテさんが小説にして
書き上げたんだわさ。

ガキが2~3歳の頃
カレーの王子様を買って
食べさせた。

カレーと言っても
王子様だから1歳でも
いっしょに食べられる。

普段はイヤイヤして
物を投げつける王子様だが
物も云わずにニコニコしながら
食べてくれた。

だが当然ながら
大人用カレーの仕様には
なってない。

甘~いシチューを
ミルクで割ったような
1歳からのカレーの王子様。

ガキが眠った後
半分泣きじゃくりながら食べた
甘ったるいカレーの王子様の
記憶は今でも忘れない。

「星の王子さま」や
「夜間飛行」などの作品で
知られるフランスの作家
アントワーヌ・ド・サンテグジュペリが
1900(明治33)年のこの日
フランスのリヨンに生まれた。
 
彼は飛行士でもあり
リビア砂漠に不時着した事件が
「星の王子さま」のヒントに
なったと言われている。

カダフィー大佐に
会ったのだろうか?

政情不安定な現在のリビアには
不時着して欲しくないけれど。

とか何とか
言ってるうちに

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

…はぁ、やっと言えた。

今日は安心して
眠れる事になりそうだ…





6月28日




6月28日
「ニワトリの日」

コケコッコー!
朝ですよ~

今日も快晴。
誠に良いお天気だった。

今朝から
病院のリハビリに
行って来た。

足が痛くて
動きづらかったが
平気なのだ!

みんな頑張ってるから
俺も頑張るのだ。

それにしても
ピカピカの快晴。

このまま
梅雨が明ければ
いいのになぁ・・

なんて、なんか
毎日おんなじ事ばかり
書いてるね。

失礼しました (笑

今日は
「ニワトリの日」

昔、小学校の周りでは
農家の人がニワトリを
飼っててさ。

まだ小さかった俺は
ニワトリが怖くて
回り道して帰った。

でも毎日元気に
たまごを産むニワトリを
羨ましく思ったのを
今でも憶えている。

昨日の昼飯は
たまごかけご飯だった。

これも立派な
メニューの一つなのだ。

数ある肉料理のなかでも
鶏肉は間違いなくナンバーワン。

間違いなく
そう思うのだ。

ソテー、唐揚げ、
バンバンジーに雑炊・・・

あっさりとこってりの
コントラストが独特の
持ち味を醸し出す。

ニワトリは
お菓子のホームラン王なのです。

「に(2)わ(8)とり」の語呂合わせから
日本養鶏協会などが1978(昭和53)年
6月に制定した。
 
鶏卵・鶏肉の
消費拡大が目的。

人間とニワトリの関わりは
すでに5000年以上にもなる。
 
古くは時を告げる鳥として
「時告げどり」と呼ばれていた。

人間とニワトリの関係は
これからも続いて行くだろう。

鶏インフルエンザや
偽装出荷など問題は
山積している。

苦労している
農家の人たちの為にも
エラいお役人の方に
頑張って欲しいのだ。


6月27日




6月27日
「日照権の日」

今日も
ジトジト雨が降ってる。

「天気に
  なればえ~のに…」

…と思ってたら
今日6月27日は
「日照権の日」。

東照宮とは
一切関係ない。

お天気と日照権…

若干事実と
異なる気もするが
この際どちらでも良い。

俺は元来細かい事は
気にしないタイプだ。

「お天気に日当たりを
   確保する権利…」

…と言う事で
作業を進める事としよう。

倉敷も随分と
マンションが建った。

リーマンショック等から
建設会社倒産も相次いだが
新たなマンションラッシュも
続いてる。

倉敷はのどかな街だから
日照権をめぐって損害賠償を
起こされるって事はまず無い。

でもニュース見てると
全国のあちこちで
高層マンション反対の
日照権をめぐる住民訴訟が
相次いでいる。

新しいマンション
買ったのにそれよりも
大きなマンションが
隣に建てられててさ。

日も当たらず
薄暗い生活を
強いられる我が家…。

俺だったら
家族を守る為

「新マンション建設絶対反対~!」

って損害賠償訴訟に
判を押すけどなぁ。

皆さんは
どう思われますか?

1972(昭和47)年
最高裁判所で日照権は法的に
保護するのに値するという判決が
下されたのがこの日。

これ以来
日照権が確立し
法的な保護が与えられるように
なった。
 
昭和40年代に
中高層マンションが
増加したことが裁判の
原因だった。

まだ今年も
マンション建設が
続いてる。

中央の
石山花壇跡地も
老松小に近い
白楽町の一等地も
現在新築中だ。

古い建物が取り壊され
新しいマンションが建つ。

何とも複雑な心境で
古くて新しい倉敷を見つめている
俺なのでありました…。


6月26日




6月26日
「雷記念日」

何日か快晴の日が続いて
やれやれと思っていたら
今日はまたもや雨。

朝からどしゃ降りの
コンコンチキ。

お?
ひょっとして
もう梅雨あけ…?

と思ってたが
さすがに甘かったぞぇ。

例年では
気象庁が7月半ばに
梅雨明け宣言を出す。

だが最近では
10日ぐらい経ってから

「既に梅雨明け
  していたと思われます」

とお茶を濁すようなコメント。

あんまり
好きじゃないなぁ。

「今日で梅雨は終わります。
  明日からは真夏に
    切り替わります…。」

…ここまでやって
欲しいんだけどなぁ。

やっぱ
政治が悪いのかなぁ。

震災の影響なのかしら…

昔、「ドリフの大爆笑」で
高木ブーがカミナリ様役で
お茶の間の爆笑を誘っていた。

数あるドリフの
キャラクターの中でも
そのおとぼけぶりが
淡々としてて何とも言えない。

志村やカトちゃんは
子供に任せてよろしい。

高木ブーこそが
華やいでいたドリフターズの
影の真骨頂なのだ。

シュールなカミナリ様のギャグで
いつまでも笑わせて欲しいぞ。

などとブツブツ言ってたら
今日が「雷記念日」だという事を
すっかり忘れてた。

930(延長8)年のこの日
平安京の清涼殿に落雷があり
大納言の藤原清貴がなくなった。

この事件は
政治的な策略によって太宰府に
左遷された菅原道真のたたりであると
信じられたため、道真の学者として
名誉を回復し、学問の天神様として
祭られるようになった。

今でも年に何回かは
落雷に遭遇する。

大人になってからは
さすがに何ともないけれど
子供の頃は

「カミナリ様に
  おへそ取られる~!」

と泣きながら
逃げ回っていたっけな。

モクモクと
入道雲が発生すると
夏の訪れ。

カミナリの季節が
やって来る。

いたずらが過ぎて
おへそ取られませんように。

いたずらが過ぎた大人の俺も
以後気を付けます…。




6月25日




6月25日
「住宅デー」

若い頃
バンドやっててさ。

これがご多聞に洩れず
全然食えなかった。

ま、今でも
食ってないんだけどさ。

そんで
取り敢えず
片っ端からやりましたよ。

いわゆる
アルバイト。

もっともはじめは
中学の時の新聞配達に
さかのぼる。

一日2時間。

雨の日も風の日も
365日休まず続けた。

当時の月給
12,000円也。

マジで
嬉しかった。

その後も
23歳で就職するまでの間
商店街のビラ配りから始まって
喫茶店のバイト、水道工事全般、
ガス供給管調査、ダンプ運転手、
ビルの窓拭き、夜間のビルメンテナンス
etc…

今思えば
それはそれで楽しかったけどね~(笑 。

東京で
道路工事のバイト
やってた時の事。

俺達は
ひたすらゴミをトラックに
積み込む仕事。

真面目に黙々と
運んでおりました。

すると
同じ現場に
何人もの大工さんが来てて。

キビキビと仕事する
その後ろ姿に惚れぼれして
しまった。

「大人になったら
  大工さんになるんだ!」

その2日後に
足で釘ふんづけて
その現場をクビになり
大工の夢は潰えてしまったけど。

代々、サラリーマンの
家系に育った俺だが
大工や左官などの職人気質は
今や憧れの存在なのだ。

この日は
全国建設労働組合総連合が
1978(昭和53)年に
制定した。

1852(嘉永5)年の
この日、スペインの建築家
アントニオ・ガウディが
誕生したことを記念している。

街の大工や左官屋など
職人の腕と信用を再確認
する日なのだ。

未曾有の大不況。

それは
建設業界も一緒だ。

大工さんや左官さんには
もうなれないかも
知れないけど。

でも
家の新築工事現場で
汗かきながら作業している
職人さんの後ろ姿みてると
すがすがしくなる。

職人気質には
明日への希望が
満ち溢れているのだ。



6月24日




6月24日
「UFOの日」

アメリカのSFテレビ映画で
「謎の円盤UFO」ってのがあって
よく見ていた。

敵はUFOを操る
宇宙人。

鬼気迫る地球人との攻防を
描いてて面白かったぞ。

他にも、
小学校の頃
元日本テレビの
矢追純一プロデューサーが
監修するUFO特番を
頻繁にやっててさぁ。

これも
よく見てた気がするなぁ。

映画と違って
これはいわばドキュメンタリー。

アダムスキー型
UFOの徹底比較だとか
二人の人に挟まれて歩く
小型の宇宙人とか。

やれホンモノだ、
やれトリックだなどと
出演者もケンケンガクガク。
(ケンケ…漢字がわからない)

結局の所
飛行物体は未確認のまま
番組はまた次回へと続いて
いくのだ。

良いじゃ
ありませんか。

UFOは
極めて健全です。

夜空に浮かぶUFOから
宇宙人が出現。

火星人か、
 はたまた木星人か…。

俺は天王星人の方が
知的な感じがして良いが。

で、宇宙船のドアが開く。

現れた宇宙人は
地球人と親交を結ぶために
地球に降り立ったのだ。

子供ながらに
ドキドキワクワクの連続。
(これは漢字ではない)

まさしく
未知との遭遇。

UFOは
理屈では説明できないから
カッコ良いのだ。
 
今日はUFOの資料館
「UFOライブラリー」が
制定した記念日。
 
1947(昭和22)年のこの日
アメリカの実業家ケネス・アーノルドが
オレゴン州上空で「空飛ぶ円盤」を
目撃した。

これが世界初のUFO目撃だ。
 
UFO(Unidentified Flying Object)とは
未確認飛行物体の事。

いつかは
飛行物体が確認できる日も
近いかも知れない。

でも
子供ながらに胸を時めかせた
UFOへのロマンは
今もって健在なのだ。

現在、デアゴスティーニから
サンダーバードと一緒に
謎の円盤UFOが再販
されている。

35年ぶりに
日清焼そばでも食いながら
見てみようかな…。





6月23日




6月23日
「踏切の日」

今でこそ
やれ大学のコンパだ
バイト先の飲み会だと
忙しく遊びまわっている
息子ども。

昔は日曜日になると
兄弟仲良く散歩させて
伯備線を走る電車を眺めてた。

「カーン カーン」

警報器が鳴る。

遮断機が下りる。

しばらくすると
特急やくもががやって来る。

やんややんやの
息子たち。

踏切の音が
やけに懐かしい。

俺達が子供の頃は
近所にあまり電車が
通ってなくて。

年に何回か
倉敷駅で電車利用する度に
目をまん丸くさせて眺めてた
思い出があるざんすっ。

そこへ行くと
都会では踏切が
日常茶飯事。

朝夕のラッシュ時には
踏切があくと同時に
どっと人が流れ込み。

都会では
踏切の重みも
俄然違うのだ。


毎月23日は
「ふ(2)み(3)きり」の
語呂合わせから踏切の日。

特に梅雨で
雨が多いために
事故が発生しやすい
6月は重要視されている。
 
踏切には
第1種から第4種があり
遮断機と警報機のついた
安全性の高い第1種甲が
原則になっている。

それでも最近の
鉄道関連の死亡事故は
そのほとんどが踏みきりで
起きているから恐ろしい。
 
また最近は
踏切付近に青い光りの
照明が増えてきた。

あの青い光りには
人の心を落ち着かせる効果があり
事故や踏切自殺防止に効果があると
言われている。

青い踏切なんて
田舎ではあんまり聞いた事ないけれど
自殺防止に効果があるなんて言われれば
信じるしか無いよなぁ。

死亡事故のほとんどが
踏切で起きているだなんて
そら恐ろしい気がする。

踏切、警報、遮断機…。

飛び込み自殺を防ぐためにも
ルール順守でお願いします。


6月22日




6月22日
「ボウリングの日」

一昨日の梅雨とは
うって変わって
今日は快晴、日本晴れ。

洗濯物を乾すにも
ジンワリ汗をかく。

今年の梅雨は
早く始まって早く終わるらしいねぇ。

このまま
梅雨明けとなればいいんだけどなぁ…。

ま、ここは暑気払いに
ゲーセンにでも
行ってみるとしますか。

(かなり無理が
  あるけどご容赦…)

クーラーの効いた室内には
いろんなゲームが所せましと
並べられていて。

でも数あるゲームの中で
一番広い場所を取ってるのが
ボウリングだ。

家族連れやカップルが
和気あいあいと
レーンを取り囲む。

あぁ
何と楽しいのでしょう。

俺も中・高生の頃には
ボウリングにハマった時期があってさ。

たしか
170点が最高だったから
大した事無いんだけど
満面の笑みをしてた様な
気がしますよ。

大人になってからは
ほとんどやってない。

てんでストライクが
出なくなったのがその要因。

一生に一度でいいから
パーフェクト出して
みたいんだけどなぁ…。

と言う訳で
今日は「ボウリングの日」。

日本ボウリング場協会が
1972(昭和47)年に
制定しました。

♪リツコさ~ん 
  リツコさ~ん
   中山律子さ~ん♪
   
花王フェザー
シャンプーのCMが
始まったのもこの年。

見てたね~。
小学2年生の頃だわさ。
 
1861(文久元)年
6月22日付の英字新聞
「ザ・ナガサキ・ショッピングリスト
 アンド・アドバタイザー」に
日本初のボウリング場オープンの
広告が掲載されたことを
記念しているそうだ。

なんと、150年前には
長崎にボウリング場が
存在していたとは。

ひょっとしたら
坂本龍馬もボウリングに
興じていたかもしれない。

龍馬は
長崎の修学旅行で行った
グラバー邸のグラバーさんと
親交があったと聞く。

ストライクや
ガーターで一喜一憂しながら
明日の日本を熱く語る龍馬。

う~ん、
これは明らかに
見ものでありますぞえ(笑 


6月21日




6月21日
「スナックの日」

やった~!
久しぶりに晴れた~!

毎日ブログで
雨の事ばかり書いてたから
急に晴れたら逆に暑くて
汗びっしょり(汗 。

でも快晴なのは
やっぱ気持ちいいのです。

取り敢えず
洗濯物干さなければ…。

てな訳で
今日は「スナックの日」。

俺は昔から食事以外
あまり食べないのだ。

でも、午後のおやつで
やれショートケーキだの
おだんごだのとバクバク
食べてる子もいてさ。

「♪おなかいっぱいなんだけど、
     お菓子は別腹なの~♪」

かなんか言って
なんぼでも平らげるから恐ろしい。

どうこう言ってる間に
もうすぐ梅雨も明けて夏本番。

生ビールの季節到来だ。

「♪おなかいっぱいなんだけど
     ビールは別腹なの~♪」

ごめんなさい。

食事以外は
あまり食べない俺だが
ビール系には俄然目がないのだ。

ま、病気してからは
さすがに毎晩生ビール2㍑一気飲みは
控えてますけどもさ。

それでも
晩飯と一緒に飲む
缶ビール一杯は欠かせません。

ごくっ、ごくっ…
ぷは~~、堪りませんぜ~!
(3日に一回だけ許してケロ。)


で、ビールとなれば
出て来るのはおつまみ。

この前
K嬢に貰った枝豆。

塩味が効いてて
最高だった。

なんぼでも
食べてしまう柿ピー。

ついつい
手をのばしてしまうけど
辞められない、止まらない…のだ。

そういゃ
エ●さんのブログで
かっぱえびせんの写真が
載ってて面白かったぞえ。

俺も
かっぱえびせん
当たらないかしら。

スナックの日。

スナック菓子のメーカーが
夏至を記念して提唱したことが
始まりといわれている。
 
かつては、夏至のお祝いに
ちまきによく似た「カクショ」や
お正月のおもちを固くして食べる
「歯固」という習慣があった事に
由来しているようだ。

お菓子やケーキもそう。

ビールのスナックもそう。

おなか壊さない範囲で
食べればよろしいのだ。

今年は
梅雨が明けるのが
遅い気がする。

ビールとおつまみで
ちょっと1杯…

あぁ、
夏が待ちどおしい。